日本の紅茶市場に新たな価値を創出

2025.12.01

株式会社ComRade
代表取締役 伊藤清治
https://www.comrade-jp.net/

10年越しに叶えた“幻の紅茶”の輸入販売

異文化を結び、国境を越えて新たな市場や価値を開拓してきた経営者に贈られる「グローバルグロース賞」に、株式会社ComRadeの代表取締役・伊藤清治氏が選ばれた。伊藤氏は「幻の紅茶」と称されるスリランカの超高級紅茶「STHUTHIY(ストゥーティー)」の輸入を手がけ、文化交流をビジネスとして昇華し、日本市場に新たな価値を創出してきた人物である。その紅茶は生産量が極めて少なく、アラブ諸国の富裕層を中心に買い占められてしまうことから、世界ではほとんど流通していない。にもかかわらず、同社はスリランカの老舗茶園と輸入契約の締結に至っている。その成功の理由について、伊藤氏は「信頼関係ですかね」と一言で表現する。

伊藤氏がスリランカと関わりを持つようになったのは、約15年間住み続けた島根県を離れ、上京してアルバイトをしていた30代半ばの頃。アルバイト先の同僚の知人であったスリランカ人留学生の結婚式に招待され、初めてスリランカを訪れた。そこで出会ったスリランカ人経営者から「日本と取引がしたい」と相談を受け、すでに会社を経営していた伊藤氏が紅茶の輸入貿易業を引き受けることになったという。

日本ではあまり知られていないが、スリランカは親日国だ。スリランカは戦後、日本への賠償請求を放棄した歴史があり、さらに日本からの経済援助でインフラが整備された経緯もある。こうした背景から日本に対する好意的な感情が強く、そのことも交渉を円滑に進める要素となった。

しかし、そこから実際に取引が始まるまでには約10年の歳月を要した。「ビジネスパートナーのプライベートで問題が発生し、年単位で音信不通となってしまったのです。さらにスリランカ国内の内戦やコロナ禍の影響もあり、しばらくはそれどころではありませんでした」と伊藤氏は振り返る。それでも伊藤氏は諦めることなく、毎月相手の状況を気遣うメールを送り続けた。「最近どう?」「元気にしてる?」といった何気ない一言の積み重ねが、信頼関係の礎となったのである。

なぜそこまで根気強く連絡を取り続けたのか。真意を尋ねると、伊藤氏は「約束をしたから、というだけの理由ですね。スリランカの紅茶を日本で売るという約束です。とても希少な茶葉を“日本から来てくれたから”という理由で確保してくれた部分もあったので、恩返ししたいと思っていました」と穏やかに語る。

スリランカと日本を結ぶ架け橋として

紆余曲折を経て、幻の紅茶の輸入ルートをようやく確立した伊藤氏。ローカライズ戦略として特に力を注いだのが、パッケージデザインだった。

「当社が仕入れているのは、ゴールデンティップスとシルバーティップスという、紅茶の中でも特に高級な茶葉です。しかし納品時のパッケージは、残念ながら商品の潜在価値に見合わない、安価な発泡スチロールの容器でした。品質を知らない消費者にも、高級品であることを直感的に伝えられるデザインが必要だと感じました」と語る伊藤氏。試行錯誤の末、最終的に選んだのが富山県高岡市の伝統工芸・高岡鋳物だった。重厚感のある容器を発注し、紅茶の品質にふさわしい風格を備えたパッケージを実現。圧倒的な差別化に成功した。

一方で、販売価格は大幅に引き上げられた。その価格は30gで約8万円。伊藤氏自身も「普通の人は飲まないと思います」と笑うように、一般消費者には手が届きにくい価格帯だ。そこで伊藤氏は、戦略的にターゲットを転換。家や車といった高額商品を扱う企業にアプローチし、贈答品などとして取り扱ってもらう販売モデルを構築した。さらに​​経営者の誕生日ギフトなど、ハイエンド層の細やかな需要にも応えており、業績は好調に推移しているという。

今後の展望について、伊藤氏はスリランカを軸にした事業展開をより加速させる考えだ。「まずは紅茶事業をしっかりと軌道に乗せたいと思います。その後はスリランカの宝石を日本市場に広めていきたいですね。スリランカは紅茶の一大産地ですが、実は宝石の産地としても有名なのです。ブルーサファイアやルビーなど、幅広い種類が採掘されています。ビジネスパートナーからも『日本で宝石を売ってほしい』と頼まれているので」と笑みを浮かべる。

つながった縁を大切に、約束を守り続ける伊藤氏の誠実な姿勢こそが、スリランカの人々から厚い信頼を寄せられる理由になっているのだろう。今回の受賞は、伊藤氏が長年にわたり積み重ねてきた実績を象徴するものだ。そして、上京を機に芽生えたスリランカとの絆を深めながら、文化や価値観の違いを乗り越えて挑戦を続けてきた歩みの証でもある。“信頼”と“約束”を軸に、スリランカと日本を結ぶ架け橋となっている、伊藤氏のさらなる活躍に期待したい。

プロフィール

島根大学に5年通うも中退し、同大学に再入学して4年で卒業(当時28歳)。 卒業後は「PANDORA-BOX」を設立し、学生と共に山陰でエンタメ活動に5年間尽力。その後、松江への恩返しの想いから市議選に挑戦。支持団体も確たる支持者もいない中、供託金ラインを突破し、注目を集める。上京後は国会議員秘書や友人の選挙支援などを経験し、気づけば会社設立から20年。今後も縁を大切に、相手のために全力を注ぎたいと考えている。